最高裁判所第一小法廷 昭和26年(オ)921号 判決 1953年6月18日
長野市上千歳町一一四二番地
上告人
原田努力
秋田県山本郡浜口村大口字大口七六番地
被上告人
荒谷金一郎
右当事者間の売掛代金請求事件について、東京高等裁判所が昭和二六年九月二七日言渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告申立があつた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
論旨第一点及び第二点は、単なる訴訟法違反の主張であり、同第三点は事実認定の非難であり同第四点は単なる法令違反の主張でありすべて「最高裁判所における民事上告事件の審判の特例に関する法律」(昭和二五年五月四日法律一三八号)一号乃至三号のいずれにも該当せず、又同法にいわゆる「法令の解釈に関する重要な主張を含む」ものと認められない。(本件代金債務の弁済期当時被上告人が長野市に居住せず営業所も有せず、弁済の提供をなさんとしてもなし得なかつたとの事実は、原審で主張されなかつたものであるから、この事実を前提とする所論は上告適法の理由とは認められない。)
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致で主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岩松三郎 裁判官 真野毅 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 入江俊郎)
昭和二六年(オ)第九二一号
上告人 原田努力
被上告人 荒谷金一郎
上告人の上告理由
第一点 原判決理由の前段に「被控訴人(控上告人)は控訴人(上告人)に身欠鰊五拾俵を売渡すことを約定し、代金合計金拾七万五千円は同月廿七日現品の引渡しと同時に支払を受くべき約旨であつたことが認められる」との説明を附し、代金拾七万五千円は昭和廿五年六月廿七日現品引渡しと同時に被上告人に於て支払を受く可き約である旨を認定し、其の後段には「控訴人は被控訴人に対し叙上売買代金九万円並びに之に対する前項弁済期の翌日である昭和廿五年六月廿八日以降完済に至るまで商事法定利率である年六歩の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある」と説明して、現品引取の六月廿七日を弁済期として遅滞の責ある旨を判示せり。然るに其の現品は当時訴外みすず冷蔵庫に寄託しありて上告人は約旨に基き、之に対する出荷指図書を交附され、之と取換に右冷蔵庫より現物の引渡を受けたることは当事者間に争いなき事実なり。かかる取引に関し代金の同時支払を契約せる場合は、之が支払方法に付き主張者に予め釈明を求め、其の取引内容を明らかにして支払遅滞の判断を為す可き筋合なるにも拘らず、同時履行の約旨のみに因り遅滞事実を即断したるは審理の不尽を免かれず、殊に被上告人は秋田県に居住して長野市には営業所を有せざりしにより現物引取の際、其の場所に居合すか若しくは其の所在を予め通知せざる限り上告人は支払代金の提供に途なし。然るに被上告人は引渡しに立会わず又た居所を明らかにせざりしに依り、原審が返済期の到来のみに因り遅滞の責を上告人に負わしめたるは不能を咎むると同時に商慣習にも反する不法の認定たるを免かれず。
第二点 原判決理由は前項の如く「被控訴人は控訴人に対し身欠鰊五拾俵を売渡すことを約定し代金合計拾七万五千円は同日廿七日現品の引渡しと同時に支払を受くべき約旨であつたことが認められる」と説明して、上告人の抗弁とせる百俵の買付を排斥したるのみならず、其の内拾俵の返還事実を認め当事者間の売買数量は四拾俵である事実を判定したるも、原判決は引用する第一審判決の事実の摘示に依れば、当事者は五拾俵を売買の目的数量として其の代金は壱俵に付き参千五百円と約定したりというにありて壱俵の代金参千五百円の鰊を五拾俵売渡したりと主張するにあらず、凡そ商品の売買の単価は小売商人にあらざる限り商人間の売買は取引の数量を基準として其の単価の高低を定めることは有り勝ちの事例にて、寧ろ之を商慣習若しくは商取引の実験則上の事実なるを信ず。然るに原審は上告人が拾俵を返還したる事実のみを認定して此の返還事実は当然四拾俵の売買なりと見做し、且つ其の単価は同一率なりと断定して被上告人の請求を認容したるは不法に事実を確定したるのみならず、此の点に関して当事者に釈明を求め、其の釈明に副う挙証に基き係争売買の数量と共に其の単価を決定す可き筋合なるに、之が釈明を求めずして漫然事実を判定したるは審理の不尽を免かれず。
第三点 原審証人牧啓一郎の証言は偽証なるにより上告人に於て相当手続を執る筈なるも、此の証言は原審判決の事実認定上重要なる資料となれり。同証人の昭和廿六年七月拾八日長野簡易裁判所に於ける証言に依れば、拾俵は返還品なるや又上告人が被上告人に対する貸与品なるや否不明なる旨を答え、又此の品が証人の手にて壱俵参千八百円から四千参百円の高価に処分されたる事実あり。猶お此の売買目的物が彼の所有にあらざること明らかなるに依り、被上告人の主張事実に反する証言全部を採用して被上告人の主張事実を認容したる原判決は不当事実を認定したる不法あり。
第四点 原審の昭和廿五年九月拾五日に於ける被上告人(被控訴人)本人の尋問に対する同人の答には「代金は荷を渡すと同時に支払つて貰う約束であつた」とあり、其の次の答には「被控訴人としては品物を渡した翌日代金を支払つて貰えると思つたので」と申立て居るのみならず、冷蔵庫に当時被控訴人が居合せざる事実よりするも現品引渡しの当時より上告人には遅滞の責なきにも拘らず、之を無視し遅滞の責を負わしめたる原判決の認定は失当なり。 以上